花の宵 5
「桜って・・毎年咲いているんですよね」
「なんだ、突然。当たり前じゃないか?」
「うん、そうなんですけど・・
でも私、こんな風にゆったりとした気持ちで桜の花を眺めたことなんて、今までなかったような気が
するんです。
いつも先のことばかりに目が行って、周りを見る余裕がなかったから。
なんだか凄ーく勿体無いことをしたなぁって思って」
「そうか? お陰で俺は得をしたぞ」
「え?」
「君と今日、花を眺めて・・それを綺麗だと感じて、同じ時を共有することができた。
こんな形で春という季節を満喫したことは未だかつてない。
だから、君にとっても俺と過ごしたこの時が『初めて』だったということが、とても嬉しいんだ」
「初めてなんですか?」
「ああ、初めてだ」
「じゃぁ、おんなじですね」
「そうだな」
「くすくすっ・・・変なの・・っ!」
「おい、なんでそこで笑うんだ?」
「だって、普通の人が当たり前に感じることを、二人とも気づかないでいたなんて。
速水さんと私って全然似てないって思ってたけど、案外そうじゃないのかもしれませんね」
「まぁ、お互いに規格外であることは確かだな」
「変わり者同士ですか?」
「そういうことだ」
「冷血仕事虫の速水さんと一緒にされるのは、ちょっと心外かなぁ」
「君だって相当の仕事虫だぞ? 演技のこととなると後先考えずに突っ走るからな。
人のことは言えん」
「そ、それはそうかもしれないけど・・。
じゃぁ、お互いに少しは仕事から離れて、今まで知らずに通り過ぎていたものを見つけますか?」
「見逃していたものは多そうだが、二人で探すなら面白そうだ」
「うん、そうですね・・二人なら」
「ああ。美しいものを美しいと、楽しいことを楽しいと。
一緒にそう感じていくことができるなら、最高だな」
「ふふっ、宝探しみたい」
「俺にとっては君自身が大切な宝物だよ、ちびちゃん。
もっとも君の場合、時々びっくり箱に変身するから気をつけないといけないな。
油断して噛み付かれては叶わん」
「人を猛獣みたいに言って」
「猛獣の方が調教が可能な分、扱いやすいかもしれんぞ。
君は何をやり出すか、全く想像がつかない」
「ええ!確かにそうですねー。大っ嫌いと言いながら、誰かさんの恋人になったり?」
「・・っ!! ああ!それが一番予想外だった! どうやら一本取られたな」
「そうそう負けてはいられませんからね」
「全く君は飽きない子だよ、ちびちゃん」
「こうやって・・」
「うん?」
「こうやってずっといられたらいいですね」
「ああ、ずっと共にいよう。約束だ。
そして桜の花が咲き誇る季節を、これから何度も迎えるんだ、マヤ」
「はい、約束です・・速水さん」
<Fin>
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